ー本日ご紹介するのは大阪府吹田市にて、田中工務店を経営されている田中さんと、工務店スタッフの野本さん。田中工務店は創業140年の歴史ある工務店。田中さんはそんな歴史ある工務店の6代目だ。
「すべての人に、豊かな人生を」というミッションを掲げ、家族の人生、そして幸せに焦点を当てた家づくりを行っている。
「建築人生を語るうえで“野本さん”は欠かせない人」、田中さんがそのように語る“野本さん”にも、今回は一緒にお話をお伺いした。
家は家族の「止まり木」
田中さん(以下田中):田中工務店は、もともとは木の家をつくっていたわけではなく、新築以外にもリフォームや駐車場のアスファルト、マンション建設など、建築業全般を手掛ける工務店でした。そんな私に転機が訪れたのは32歳頃。
建築家・秋山東一を道場主とする住宅の設計力を高めるための学びの場、秋山設計道場に縁あって参加したのが、今の木の家づくりの原点になったと思っています。道場では、住宅建築の心構えから教えていただきましたね。全国の素晴らしい工務店の社長さんや、設計士さんともつながりを持つことができ、実際に各工務店さんに訪れて住宅を見せてもらったり、たくさん勉強させていただきました。この頃から「住宅設計が楽しい!」と思えるようにもなりました。
10年間そのような環境の中に身を置かせていただき、今の木の家づくりのベースが出来上がったように感じます。
家は、家族の生活が営まれる場です。
木の家をやり始めた当初は、住宅という商品をつくって、その商品が良ければお客さまは喜んでくれるものと思っていました。
ですが本当に大切なのは引き渡したあと、『その家族が楽しく幸せに暮らしていけるかどうかにかかっている』ことに気づいたのです。ただ住まいを提供して終わりではなく、家族関係がずっとずっと幸せで素敵な関係であれるよう、私たちが暮らしや良好な家族関係についての情報提供を行うことが大切だなと感じました。
秋山設計道場のおかげでもありますが、そう思うようになった一番のきっかけは野本さんとの出会いなんです。
ー野本さんは、田中工務店で家を建てられたOBさん、そして田中工務店の現スタッフだ。野本さんは、どのような経緯で田中工務店で家を建て、入社を決意したのだろうか。そして田中さんの建築観に、どのような影響を与えたのだろうか。お二人にお伺いしてみた。
野本さん(以下野本):「田中工務店で家を建てよう!」と決めたのは、本当に直感。
趣味のランニングをしているときに、田中工務店のモデルハウスの前を通り発見しました。
もう見た瞬間「これや…!」って思いましたね。僕はもともと、家を建てるなら白川郷のような、木や茅葺きの屋根でできた家を建てたかったのですが、そんな理想に近い家をつくってくれる工務店はどこを探してもなくて、家探しが空転していたんです。
そんなときに、「これだ!」と思えるモデルハウスを発見し、田中さんには「これと全く同じのつくってください」って言いました(笑)
田中:外観も間取りも、ほぼモデルハウスと同じ住まいをつくらせてもらいましたね(笑)
一緒に家づくりをしていく中で、野本さんは家のことを「止まり木」と表現されていたんです。この「止まり木」という表現が、私の中でものすごくしっくりきました。野本さんは、幼い頃からご両親の転勤が多く、「実家と呼べるものは、果たしてどこなんだろう?」と思うことがあったそうなんです。
だから自分の子どもには、実家をつくってあげたかった。心から安心できる場、「止まり木」をつくってあげたかったんですって。私はそのお話をお伺いして、これが家づくりの核心なのかもしれないと思いました。
家ができてからも野本さんご家族は、家のウッドデッキでキャンプをされたり、ご近所の方とBBQをしたりと、ご家族みんながとっても仲良しで、家を楽しんでもらえていることを感じることができました。「住まいの本質ってこれだ!」と野本さんのご家族を見て気づかされたんです。秋山設計道場で先生がおっしゃっていた「プランニングはその家に住む家族の幸福のためにある。」という言葉の本当の意味が分かった気がしました。
こうして野本さん家族との出会いは、私の家づくり人生を語るにあたって欠かせないものに。私たちの仕事は家をつくるだけではなく、そのご家族に豊かな人生を届けることだと改めて気づかせてもらったんです。
「自分のことが大好き!」と感じられる家や家族関係をつくる
野本:僕は大学を卒業してから18年間、児童養護施設に勤めておりました。
心に傷を負った子どもたちや、親から虐待を受けていた子どもたち、自分のことが信用できない子どもたち、そんな子どもたちを一生懸命ケアさせていただいていました。
その経験から感じたことは、幸せは「お金」で買えるものではなく、「自分のことが大好きだ!」と思える気持ちだということ。
そして、良好な家族関係があってこそ人生が豊かになるということ。児童保護施設から離れても、子どもにとって幸せの器である住まい、幸せな家族関係をつくることが、虐待や不幸せな子どもの数を減らすことにも繋がると感じました。
こうして以前、家を建てていただいた田中工務店で、家づくりに携わりたいと思うようになったのです。
私がこれまで歩んできた道からは逸れずに、別の方法で幸せな子どもたちを増やしていきたい。関わってくださったご家族を豊かにしていきたい。これからも、ずっとこの想いを持ちつづけ、家をご提案していきたいなと思っています。
ー田中工務店では、家を建てて終わりではなく、田中工務店で家を建てた方、これから建てる方、まだ迷われている方が集まり、楽しみながら「暮らし」についての情報交換・共有を行う場として、3ヶ月に1度「野本フェスティバル(通称:のもフェス)」を開催している。他にも、家を建て終わった方たちのもとへ野本さんが直接、おうちBBQのレクチャーに行かれたりもするそうだ。
田中さんー野本さんは、「どうやったら目の前の人を幸せにできるか」「家族みんなを笑顔にできるのか」を一生懸命・一点集中で考えてくださるんです。
お客さまの中には「野本さんがいたから田中工務店にしたし、野本さんが住んでいるエリアに私たちも住みたいと思いました。」とおっしゃる方もいます。家を建てる以上に、野本さんと友達になれることに価値を感じてくださっているんです。野本さんは生粋のアウトドアインストラクターなので、楽しく暮らすためのアイディアや工夫をたくさん持っていますし、それを一生懸命伝えようとしてくださるんですね。
お引き渡し後の暮し方や、家族の幸せについてお客さまに語るうえでも、野本さんは欠かせない存在です。
住み継がれ、現代人が原点回帰できる家を。
野本さん:僕にとって理想の家は「原点回帰できる家」。現代の人は、自然の中に身を置くとか、自然を楽しむとか、そういうことを忘れかけている部分があると思います。ゆらゆら揺れる炎を見ていると落ち着く、木の香りが落ち着くなど、人間の野生的な部分をくすぶる家というのは、絶対的にどんな人でも「いいな」と感じるもの。どの時代においても間違いのないものなんです。
また、そこに住まう人が、「そもそも自分ってどんな人生を送ってきたのかな」「何が好きかな」など、自分自身にフォーカスして回帰できる。そんな家づくりを私が提案していけたらなと思っています。
田中:共に過ごした子どもたちから20年後、30年後、「パパとママが建ててくれたこの木の家に、これからも私、住みたい!」そう言ってもらえる家づくりが最終ゴールですね。これも野本さんご家族から学んだことなんです。野本さんにはお子さんがいらっしゃるのですが、そのお子さんが誰よりも家のことが大好き。建てた野本さんより好きなんです(笑)どこか遊びに行ったとしても「早くお家に帰りたい」って言うんですって。
日本の家の寿命が短いと言われている原因は、一代だけの趣味趣向で建ててしまうから。子どもたちが、両親の家に住もうと考えたときに「この家かっこよくないよね」「暮らし心地悪いよね」となってしまうと解体されてしまいます。
そうではなく、家族と過ごした思い出がたくさんある家、住み心地のいい家ならば、手を掛けてでも「この家に住み続けたい」と、きっと子どもたちは思ってくれる。子どもが家のことを大好きかどうか、ここが長く住み続けてもらえるお家の必須条件だと思うのです。
野本さんご家族を見ていると、家って本当に人生の資産なんだなと感じられる場面がたくさんあります。ここでいう資産とはお金やモノとしてではなく、目には見えない「無形の資産」。お金には代えられない想い出が資産となって、住み継がれていく。そういう関係が生まれるような住まいを、これからもつくり続けていきたいと思います。
(2021/08/26 取材:平井玲奈 写真:家づくり百貨)