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株式会社 マルト

都会の「木」と、田舎の「木」

こんばんは!
マルトの澤田です。

先週、仕事で東京へ。

仕事したあとランチしに
高輪ゲートウェイ駅へ

さすが東京の最先端って感じです
改札を降りると、目の前には
ツインタワーがそびえ立ち、
ビルと木々が融合した
エントランスに、ルンバの
タクシーバージョン(笑)が自走
してました。

誰が乗っても良いそうですね

ご老人とか小さいお子様がいる
ご家族には良いかもしれませんね

待ち合わせまでの間、駅周辺を
少し歩き、タワー内のレストラン階
でランチをいただいたのですが、

「素敵やなー」
「すごい設計やなー」

と感動はしましたが、なんだか
胸の奥がすっきりしない。

帰りの新幹線で調べてみて、
その理由がすとんと落ちました。

まず、あの駅舎のデザインは、
以前からここでお話ししている
隈研吾氏によるもの。

駅前のツインタワーは、海外の
設計事務所が手掛けたものです。

しかし、どちらの空間にも共通
して漂っていたもの。

それは、弊社が大切にしている
木の使い方とは対極にある、
「表面的な意匠としての木や緑」
でした。

タワー内のホールには、森を再現
するかのように豊かな樹々が配置
されていました。

一見すると美しい。
いや、逆によくこれだけ積極的に
使ったなと、拍手したいぐらい

東京という土地柄、これはどう
しようもないんですが、

太陽の日が浴びる事のない場所
にライトで照らされ、

土に根を張った姿ではなく、
鉢植えとして置かれた樹々たち。

本来なら同じ場所に生息しない
はずの、季節も地域もバラバラ
な植物が、デザインとしてそこに
並べられていました。

都会に緑を増やす試みは素晴らしい
ことです。
ただ、日々木と向き合ってる私には
、それは木にとって本来あるべき姿
には見えず、木の本質から目を
背けた使い方にしか見えません
でした。

あっ、クドイですけど、批判したい
んじゃないんですよ。

◎木を「置く」のか「活かす」のか

木を「見た目」として利用する
建築や、
最新のビルで演出されてた
「置かれた緑」
と、私たちが家造りで取り組ん
でいる、木を構造や機能、暮らし
の一部として活かす手法は、
同じ木を扱っているとしても
似て非なるものがあります。

木に機能を持たせず「お化粧」
としてそこに置く。
もちろんそこに意味はあるの
ですが、「木を活かす」こととは、
やはり少し違う気がします。

木は、そこにあるだけでも、
すがすがしい香りを届けて
くれます。

ただ、それが木の良さの全てでは
ありません。

その土地の気候に馴染み、木の粘り
は構造として家を支え、環境に
合わせて調湿し、手触り・足触り
は自然な物にしかないやさしさが
あり、歳月とともに美しく色を
変えていく。

長く使い続ければ、炭素の固定に
つながり、新に植林すれば酸素
を作ってくれる。

デザインのために木を「置く」の
ではなく、暮らしを守るために
木を「活かす」。

便利で洗練された都会の景色と
そこに色を加える緑も素敵なん
ですけど、せっかくなら、
その木の素性を知り、その力を
最大限に引き出す使い方がもっと
出来れば、その家でなく、その
地域に暮らす人達に、本当の
意味での安らぎを与えられる
のになーっと考えさせられた、
東京の一日でした。

ではでは

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