「家は、そこに暮らす人々の生活、人生や庭に生息する木々の緑などの要素が加わることで『ただの箱』から、いわゆる『いい家』になっていくのではないでしょうか。」
ーそう語るのは、静岡県浜松市で工務店を経営する桑原さん。桑原さんの工務店「マルベリーハウス」では、“生き方”を考え、“真の豊かさ”を感じる家づくりをコンセプトに、「家族それぞれの暮らし方」を考えた家づくりをしている。また、緑豊かな「食べられる庭」を提案しているところも特徴だ。
今回は、そんな桑原さんに「食べられる庭」とはどんな庭なのか、桑原さんの家づくりへの想い、こだわりなどについてお伺いした。
目次
家族のこれからの「生き方」を考える家づくり。
ー工務店「マルベリーハウス」の経営者である桑原さんは、お父さまが建設会社を経営されていたということもあり、幼いころから自然と建築の道を志されていたそうだ。
桑原さん(以下桑原):もともと父が社長の時代は、大手ハウスメーカーの指定工事店としての仕事がメインで、自社物件として、お客さまと一緒に家づくりを手掛けるというようなことはあまりしておりませんでした。私が40歳のときに父が亡くなったのを機に会社を引き継ぎ、今から7年程前に当時WEB関係を担当してもらっていた外部の会社の方に言われた一言をきっかけに事務所とモデルハウスをつくろうということになったのです。その際にコンセプトなどを考えている過程で新しい屋号考えているときに考え付いた名前が「Mulberry House マルベリーハウス」でした。
ー桑原さん曰く、現在の「マルベリーハウス」のコンセプトと、お父さまの代の桑原建設としてのコンセプトは、大きく異なるそうだ。どのような想いで、現在のコンセプトにされたのか伺った。
私は、家という「箱」は誰にでもつくれると思っています。そんな単なる箱としての家が、豊かな暮らしや生活、家族の思い、またつくり手の想いなどのいろいろな要素が詰まって、いわゆる「いい家」になっていくのではないかと思っています。
断熱性や耐震性などの性能面はもちろんしっかりとやらなければなりません。しかしそれらはお客様が幸せになるための手段でしかないのです。私たちはその性能の先にある「豊かな暮らし」に焦点を当て、これからの家族の“生き方”をともに考え、健康で安心して暮らしていける、そんな家づくりを、お客さまと共にしていきたいと思っています。
つくり手と住む人の想いがシンクロし「いい家」が生まれる。
桑原:「いい家」「いい住まい」は、つくり手の想いと、住む人の想いがシンクロしたときに生まれると私は思っています。どちらかの想いだけでは、絶対にいい家は生まれません。
そのためにも、お客さまには、私たちの想いを押し付けすぎないようにしたいなと思っています。押し付けるというよりは「寄り添う」という感覚のつくり方ですね。家づくりをしていくなかでは、予算の関係でお客さまの望みをすべて叶える事が出来ない場合もあります。
そんなときは、ただ「できません」ではなく、「じゃあ、こんなつくりかたをして、逆にこんなことを叶えていこう」「もっとこういうことができますよ」と、お客様に寄り添いながら提案をしていきます。
家は完成して終わりではありません。建てたあとも、お客さまと良い関わりあいが出来るように家づくりの段階からしっかりとした人間関係を築き、末永く家守りとしての役割を果たせていければと思っています。
「庭」で暮らしに豊かなエッセンスを
ー桑原さんは、家づくりだけではなく「庭」や「緑」のあるライフスタイルの提案も行っている。桑原さんの考える「理想の庭」は、“美しいだけ”の庭とはすこし異なるようだ。いったいどんな庭なのだろうか。
桑原:モデルハウスをつくろうとなったときに、どんな庭を作ろうかと、たくさんの庭屋さんの施工事例やコンセプトなどを調べたのですが、どの庭屋さんも、あまりピンとくるものがなかったんです。そんなときに、ある人の紹介で「フォレストガーデン」という庭づくりの手法を知ることになりました。
フォレストガーデンとは、読んで字のごとく森のようにつくる庭で、持続可能な方法で、小さな土地からでも多様な収穫物を手に入れることができる手法のこと。自然と人が寄り添いながら、暮らしをより豊かにしてくというものです。この庭を見たときに「私がやりたいのはこれだな!」と感じました。
家庭という言葉が「家」と「庭」からできているように、家と庭は切っても切り離せない関係だと、私は考えています。生活の場としての家だけでなく、暮らしに潤いを与えてくれるのが庭です。私が目指した庭は、ただ見て楽しむ美しいだけの観賞用の庭ではなくて、「食べられる庭」。庭にブドウなどの果物や野菜、ハーブなどを植え、育てたり食べたりすることのできる庭は、暮らしを豊かにしてくれます。
自分たちで育てた作物は、収穫の喜びもひとしお大きいだろう。愛情をそそいで育てた作物は、スーパーに並ぶどんなに立派な野菜よりも、美味しく、特別な味がしそうだ。
休みのたびにショッピングモールや旅行、外食に行くのも、それはそれで楽しいと思うのです。だけれども、私は家が一番くつろげて楽しい場所になって欲しいと思っています。
家族が一緒に長い時間を共有し、庭で収穫をしたりして、自然から楽しさや学びを得てほしい。そして家族全員にこの家で暮らす豊かさを感じて欲しい。そんな想いがあります。
子供がいるご家庭では、一緒に季節ごとに実った果物を食べたり、摘んだハーブでお茶を入れたり、薬にしたり。野菜を植えて収穫するのも素敵です。ただ観賞するだけではなく、庭を通して、自然の恵みを全身で感じて欲しい。庭のある暮らしで、そんな豊かな日常を過ごしてもらえればなと思っています。
家庭菜園を通して子どもたちは、作物の育て方や収穫のよろこび、生態系、自然の難しさ、そして食への感謝の気持ちなど、たくさんのことを学ぶことができる。緑あふれる庭での作物体験は「究極の食育」ともいえるのではないだろうか。
長く愛着をもてる家具と共に暮らす
桑原:マルベリーハウスの建具や家具は、職人さんがひとつひとつ丁寧につくったマルベリーハウスオリジナルの製作ものです。工場で製造される既製品と違い、つくった職人さんの「想い」が込められています。既製品と同じような機能の家具でも、お客さまの家のために、ひとつひとつ手作りでつくっている家具、建具には既製品にはない味わいがあります。家具を使う方にも「職人さんがつくってくれたんだな」って愛着をもって長く使っていただけると嬉しいですね。
無垢材でつくられた家具は、その風合いの美しさや肌ざわりはもちろんのこと、時とともに変化していく色合いも楽しめそうだ。傷や汚れまでもが、長年の思い出の個性として、愛おしく感じられるのではないだろうか。
私たちがつくる製作家具や建具には、流行り廃りがありません。既製品には世の中のトレンドを反映して、流行りのデザインでつくられたものがたくさんあります。ですが、流行るということは、いつか廃るときがくるということ。10年ぐらい使うと、「これは昔流行ったけど、今はちょっと古いよね」と感じてしまいがちです。だからこそ長く使うものは、質が良く、シンプルで飽きのこないスタンダードなデザインのものをつくる事が大事なのです。
また既製品には廃番があるので、10年経つと、この部品がありませんと言われてしまうことがあります。ですが職人さんが手づくりする家具や建具は、特別な部品を使っていないので職人さんがいるかぎり、20年後に直してほしいと思ったときにも、職人さんさえいれば、直してもらえます。だから長く愛着を持って使っていただけると思っています。
人はいずれ入れ替わっていきます。自分たちがいなくなったとしても、子どもたちが長く住みつないでいく。家も家具も、世代を超えて長く使えるようなものをつくっていきたいと思っています。
「木を見て森を見ず」にならないでほしい
桑原:2020年から新型コロナウイルスが流行し、さまざまなイベントが中止されたり、旅行に行けなかったりで、ご自宅でYouTubeを見て過ごされる方たちが増えたのではないでしょうか。それに伴って、たくさんの建築系YouTuberと呼ばれる方たちも出てきました。
皆さんの中には、さまざまな情報の飛び交っていて、何が正解なのか、わからなくなり混乱されている方もたくさんいらっしゃるかと思います。もちろん、プロの方の家づくりに役立つ発信も多くありますが、なかには浅い知識しかなく間違った情報を発信している方も一定数います。これが家づくりを考えている方々が混乱する原因になっています。
たくさんの情報に触れる機会が増えたことで、各論にこだわりすぎている方々が増えているように感じます。例えば断熱なら、断熱の数値だけに固執したりとかですかね。
私が考えるに、家づくりは総論で考えないといけないと思います。性能面の数値はもちろん大事ですが、それが家づくりのすべてではありません。本来の家づくりの目的は、家族が健康で安心して幸せに暮らす場所をつくる事です。それを実現するための手段が性能です。
新しい家でどのように暮らしていくのかや、住み心地、豊かさなど、目に見えないものを考えてつくられたほうがいいと私は思っています。各論ばかりにとらわれすぎて、「木を見て森を見ず」にならないよう、暮らしや住み心地などに焦点を当て、家づくりをしていってほしいですね。
(2021/05/25 取材:平井玲奈 写真:家づくり百貨)