いつもありがとうございます、夏見です。
本日もメルマガご愛読ありがとうございます!
五月の風が、新緑を揺らしていました。
ゴールデンウィークの喧騒を少し離れ、
私たち夫婦が訪れたのは
愛知県・犬山にある「明治村」。
そこは、かつてこの国を彩った
「物語」が静かに眠る場所でした。
レンガの赤、漆喰の白、
そして年月を経て深みを増した
古い木材の質感。
一歩足を踏み入れると、
現代の整然とした街並みとは違う、
濃密な空気に包まれます。
「見て、あの建具。
あんなに細い桟(さん)
で支えられているのね」
妻が指差したのは、
ある邸宅の窓でした。
職人が一本一本削り出したであろう
繊細な意匠。それは、
ただ家を飾るためのものではなく、
そこに住む人の暮らしを慈しみ、
外の世界と優しく
繋ごうとする祈りのようにも
見えました。
当時の人々は、
どんな想いでこの窓から
外を眺めていたのだろう。
そして、
この建物はどれほどの
数の「通りがかりの人」の
目を楽しませてきたのだろう。
教会の高い天井、
計算し尽くされた
光の落ち方、
地域に溶け込む建物の背丈。
それらを一つひとつ
辿るうちに、
私たちはいつしか、
自分たちが向き合っている
「家づくり」の話をしていました。
「私たちは、
家の中の快適さばかりを
追いかけていなかっただろうか」
ふと、自問自答が漏れました。
断熱、気密、耐震。
もちろん、家族を守るために
それは不可欠なもの。
けれど、明治村に
佇む建物たちが
教えてくれたのは、
それ以上の「何か」でした。
家は、完成した瞬間から
その街の「風景」になります。
道を行く子供たちの記憶に残り、
隣り合う家々と手を取り合い、
数十年、数百年の時をかけて
街の品格を作っていく。
一軒の家を建てるということは、
その地域の未来の景色を描くこと。
「私たちの作る家も、
街の人から『いい景色だな』と
思ってもらえるものにしたいね」
妻の言葉に、私は深く頷きました。
家は、
家族のプライベートな空間であると同時に
街にとっての
「パブリックな財産」でもある。
その誇りを忘れては
いけないのだと、
百年前の建築家たちに
教えられた気がしたのです。
高鳴る胸を抱えながら、
村を後にしました。
滋賀の地へ帰ったら、
もう一度図面を
広げてみようと思います。
その家は、
街の風を優しく受け止めているか。
隣の木々と、
美しく調和しているか。
私たちが目指すのは、
ただの「箱」ではありません。
百年後の誰かが、
ふと足を止めて見惚れてしまうような、
そんな美しい街の一部を
皆様と共に創り上げていきたい。
五月の晴れ渡る空の下
新しい決意が心に
刻まれた一日となりました。
https://kknatsumi.biz/l/m/0HU5kocWlvLIxh
今日も良き一日で。
では!また明日!
続きを読むには会員登録が必要です。