―本日紹介するのは、岐阜県にて木造の注文住宅を完全自社施工されている「凰建設(おおとり建設)」。凰建設は1959年創業、60年以上もの歴史と実績のある工務店。そして地元岐阜県で、断熱気密が得意な工務店として有名だ。
今回お話をお伺いする森亨介さんは、そんな凰建設の3代目。森さんはどのようにして建築に興味を持ち、断熱気密に取り組むようになったのだろうか。その経緯や、家づくりにかける想い、理想の家とはどんな家なのかについてお伺いした。
断熱気密にようやく日本が追い付いた。
森さん(以下森):私は、祖父と父が家づくりをしていたということもあり、自然と建築の道を志すようになりました。初めのころは家業を継ぐことに、あまり積極的ではなかったのですが、地元高専の建築学科に合格したことを機に「自分はそういう運命だったのかな」と思い、建築に向き合うことを決意しました。
そして、ちょうど私が学生だったその頃、凰建設は「断熱気密をやろう!」と暖かい家づくりに取り組み始めました。当時は今のように「断熱」という言葉はほとんどなかったような時代。
「凰さん何か変なこと始めたね」と周りの人からも思われていた部分もありましたが、父が始めたことだからと思い、私も学校では断熱気密に関係のある研究室に。先生たちからも「どうしてこの研究室に?ここでは設計のことは学べないぞ」など言われたのですが、父を信じ、私も断熱気密を学ぼうと決めたのです。
それから20年以上たった今、日本の建築業界では「断熱気密」がとても重視されるようになりました。とても早い段階から凰建設では断熱気密に取り組んでいたということもあり、「岐阜で断熱と言えば凰建設」と言っていただけるように。20年前は「断熱なんかしてもしょうがない」と言われていたので、「やっと時代が追い付いてくれた!」という感じです(笑)
新築の家よりも20年後30年後の家が1番の関心ごと。
―「暖かい家づくり」に20年以上も前から取り組まれていた森さん。そんな森さんにとって、忘れられないお客さまとのエピソードがあるという。
森:前職時代に体験したエピソードで、とても印象に残っているものがあります。当時勤めていた会社で家を建てられたお客さまに、ご家族のおじいちゃんのお葬式に呼んでいただいたことがありました。
設計士をお葬式に呼ぶということは、なかなかあることではないのですが、そのご家族は「最後におじいちゃんに会いに来てもらえたら嬉しいです」と言ってくださったのです。
なぜ、私がそのおじいちゃんのお葬式に呼んでいただいたのか、そのお客様の言葉をお借りすると「あなたがこの家を設計したから、家族みんなでおじいちゃんを看取ることができました」ということでした。
そのとき建てた家が、暖かくて介護がしやすく、お手洗いに行く際にも血圧があがったりしないような家だったということもあり、病院のお医者さんから「この環境であれば家で看取っていいですよ」と言っていただいたそうです。お客さまから感謝の言葉をいただいた時、「あぁ、これが私の目指すべきところだな」と、強く感じました。
家が建つまでの設計段階や、工事中の思い出が記憶に残る家づくりも楽しいのですが、私が目指すのはそこではなくて。住んだ後にどう評価していただけるか、どんな感想を数十年後に言っていただけるのか、というのが一番の関心ごと。建てたそのときだけでなく、長い目で見たときの「いい家」をつくっていきたいと思っています。
―家をつくるときや家ができたばかりのときではなく、数十年後にどんな感想を言っていただけるのかが大切だと語る森さん。そんな森さんに、どんな家が具体的に「いい家」なのかを尋ねた際にも、その想いが伝わるような内容が返ってきた。
長持ちする家を日本に普及させたい。
森:私が家づくりにおいて大切にしていること、それは「生涯コストでもっとも安い家をつくる」ことです。建てるときだけに安いのではなく、何十年も住み続け、住む人の人生が終わった時に「一番お金のかからない家だったね」と言えるような、家をつくりたいと考えています。
他国と比較しても日本は、家を使い捨てにしている傾向があります。毎世代住宅ローンを組み、すべての世代が何千万という借金をして、家のために一生働いているのです。
住むことに対してかけるお金というのが、日本人はとても高いんですよね。ですが海外では築100年、200年の家も珍しくなく、誰かが建てた家を割安で買い、また他の誰かに同じ値段で売ってというように住み継いでいくことが主流なのです。
もちろん住み継ぐためにはメンテナンスも必要ですが、そのメンテナンスをとにかく軽く、そして長持ちする家を、日本にもたくさんつくっていきたい、普及させていきたいというのが私の想いです。
―日本の新築住宅:中古住宅の割合は10:1ほどと言われているが、欧米ではそれが真逆になり1:10の国も少なくない。森さんいわく「ピカピカの家」にお金をかける日本人は、それ以外の豊さ、たとえばバカンスなどの「体験」にお金をかける余裕がなくなってしまうそうだ。そのような日本の住宅事情を変えたいという森さんの想いが伝わってきた。
森:私にとっての住まいとは、「お客さんが住まいのことを意識しなくてもよい住まい」。家は完成したその瞬間は夢いっぱいで、最初は皆さんとっても喜んでくれます。それはどの家も同じ。結婚生活は、「最初はこの人と結婚してよかった!」と思っていても、10年20年もたつと相手は空気みたいな存在になります。
家もそれと同様で、いずれは空気のような存在になります。そして20年30年経つと、メンテナンスのためのお金がかかってくるように。「外壁痛んできたね」「キッチンが痛んできたね」「お風呂が水漏れしてきたね」と、家の嫌な部分が目に付くようになるんです。
そして多くの人は、結婚してお子さんが生まれるか生まれないかのタイミングで家を建てられます。
そうすると、家のメンテナンスが一番必要になってくる20年目あたりの時期と、お子さんの大学進学の時期が被ります。そこでようやく「家ってこんなにメンテナンスにお金がかるんだ…!」と気づくのが、日本の家なのです。
空気のように添い遂げられるような家を。
森:私が目指す家づくりは、お客さんがそのように感じなくてすむ家。凰建設は地域で60年以上、家づくりをしてきました。家を建てるときのお客さまの喜びの顔もたくさん見てきましたが、住んで30年目40年目という方とのお付き合いもたくさんあります。
そのように、何十年も家に住まわれているお客さんは「デザインが素敵な家を建ててよかったね」とは、誰も言わないのです。建てたときだけ「素敵な家!」となるような家ではなく、とにかく住まう人が何も意識せず、空気のような存在として一生を添い遂げられるような家。
生涯を終えるときにお金の心配がいらなかったねと言っていただけるような家が理想ですね。
―建てたお客様の数十年後を想像し、長持ちする家をつくる。地元岐阜県で60年以上の歴史をもつ凰建設だからこそ、長年のお客さまとの関係があるからこそ、森さんの言葉ひとつひとつから、その想いの強さが伝わってきた。そんな森さんから、これから家づくりを検討される方へ、メッセージをいただいた。
森:家づくりは、家をつくっているタイミングがとても楽しいもの。どんな家が建ったとしても、多分みなさん嬉しいはずなのです。
ですが、家の「真の価値」が問われるのは、建ててすぐ·住んですぐではなく、20年後30年後と、新築の綺麗さがなくなったとき。今建てようとしている家が、くたびれてきたときも愛せる家なのかということを考えていただきたいです。
仕方がないことなのですが、「○○のメーカーの最新食洗器を取り入れたい」「○○のキッチンがかっこいい」など、みなさん今のことばかりを考えて、家を建ててしまいがち。
ですが家づくりで大事なのは、そのような賞味期限の短いアイテムではなく、20年以上経って、新鮮味が失われても残るもの、大切にできるものを選ぶこと。それらを中心に、家づくりを考えていただきたいということが私の想いですね。
(2021/05/27 取材:平井玲奈 写真:家づくり百貨)