ー今回ご紹介するのは、青森県むつ市にて工務店を営まれている菊池さん。菊池さんの工務店「菊池組」は160年以上に渡り、青森の地で家づくりをしてきた歴史と伝統ある工務店だ。
「青森というこの地域で、この寒冷地で、この下北半島でしかできない家づくりがある」。そう語る菊池さんの建築観に迫った。
50年の長い歴史と伝統を誇る工務店の六世代目・菊池洋壽さんは、日本エコハウス大賞を初めとする様々なコンテストで受賞されるなど、輝かしいご経歴をお持ちだ。そんな菊池さんは、これまでにどんな経験を積まれ、現在の建築観を築かれてきたのだろうか。
目次
日々の暮らしの中で「幸せ」を感じられる家をつくる。
菊池さん(以下菊池):家づくりを生業としてきた家系に生まれた私は、幼いころから「自分も将来は家づくりをするのだろう」と、漠然と思っていました。
菊池組に入社したのは今から10数年前のことです。
地元を離れ東京で進学~就職と建築を学んでいくうちに、青森に戻ることを決意。そのとき初めて実家の会社が倒産寸前の末期的な状態だったことを知ったんですね。青森に帰ってきた当初は家業を立て直すのに必死で、毎月、月末をどう乗り越えようかという状態でした。
そういう中でも「良い家とは何だろう」と考え続け、勉強と技術の研鑽を続ける日々。
そうして努力を続けていくうちに、徐々に家づくりの依頼も増えて借金も減っていくとともに「すぐに出来なくてもいい、待ってでもいいから家づくりを頼みたい」そう言ってくださるクライアントの方々で1年後、2年後と予約が埋まるようになり、良く言えば「行列ができる工務店」になっていったんです。
お恥ずかしいのですが「2年も3年も待たせる工務店」である事も自覚しています。
私にとっての転機は2016年、日本エコハウス大賞で賞を受賞したことをきっかけに、全国さまざまな地域の工務店・建築家の方々との交流機会が増えてきたことです。
それまでの私は、「断熱気密がしっかりしていて、かつ見た目にもカッコ良い家」を目指していたのですが、様々な方々と交流をしていく中で、性能や見た目の先にある、居心地や情緒的な部分も大切にするようになっていきました。
青森は日本で一番所得が少ないと言われている地域。そして下北半島は、離島のような離れた場所にありますし、娯楽も少ないので、住民の方々が幸せを感じにくい地域だと思うんです。
そんな地域だからこそ、日々の暮らしに幸せを感じられるような家づくりをしていきたい。地域にも幸せを与えられるような家を建てたい。そんな想いを巡らせながら、自分なりに勉強を重ねていきました。
青森の地に“似合う”家づくり。
菊池:外観の格好良さに関しては、自分たちだけが素敵だなと思う外観ではなく、地域の人からも良い家だなと感じてもらえるような見た目を目指しています。
寒冷地なので庭づくりを望まれる方は多くないのですが、緑を取り入れたほうが豊かさや情緒が増すため、お客さまをそちら側へと導くようにもなりました。緑があることで「あのお家のおかげで、緑豊かで雰囲気が良くなったね」と、道行く人にも思ってもらえるような家が理想ですね。
また、青森という地域に“似合う”家を建てることも常に意識しています。
たとえば、関東で格好いいと言われているデザインをそのまま青森で再現すると、もちろん建物自体は素敵に仕上がると思うのですが、その地域に”似合う”かどうかと言われれば別問題。著名な建築家の一人である篠原一男さんは「民家はキノコである」と表現されました。この言葉には、“民家は創意工夫して意識してつくられるというよりも、その地域に合ったものが、キノコのように生えるべくして生えてくる”といった意味が込められています。
私もそのように感じていて、この地域で、この寒冷地で、この下北半島でしかできない家づくりがあると思っています。
短距離・中距離・長距離視点で、良い住まいを。
―家づくりはどうしても、自分たちの好みや事情だけで進めてしまいがち。しかし、周囲からも受け入れられる家づくりをすることで、結果として自分たちにも幸せが巡り巡ってくると菊池さんは語る。
菊池:私の考える「良い住まい」とは、自分たちだけでなく周りの人たち、そして社会にとって良い影響をもたらす住まいです。家を建てる住まい手が幸せになるのが一番ですが、その住まい手が本当の意味で幸せになるには、周囲の人たちも幸せにしないといけないと思っています。
例えば、近所の方に大きな影を落とすような家にしたり、雪を落とすような造りにしたりなど、周囲に違和感を与えるような建物や緑がない家を建て「なんか嫌だな」と思われるよりも、「雰囲気が良くなったね」と思ってもらえた方が、自分たちも嬉しいですよね。
また、ご近所などの短距離視点だけではなく、中距離視点から見てもいいことがあるよう、地域の木材や素材を使用する、地域の左官職人さんに仕事をしていただくといった取り組みも行っています。
工業製品を中心に家づくりをしてしまうと、地域の人に利益がいかず、外国にお金を流してしまうことにも繋がるんです。地域で採れるものは地域で可能な限り消費し、地域の人に活躍してもらうことで、私たちの住む青森県が少しでも潤って欲しいという想いがあります。
そしてさらに視野を広げて長距離視点でとらえたときに、エネルギー消費の少ない家、つまり“暖房を極力使わなくていい家”を目指しています。
エネルギー消費が少なければ、環境に負荷がかかりにくいことはもちろんのこと、石油や天然ガスの使用を減らし、日本から外国へ出ていくお金を減らすこともできるのです。青森では比較的新しめの家でも、冬の一ヶ月の暖房費が3万円以上掛かる事は全く珍しくありませんし、それだけ暖房しても家中が暖かくて快適にはなっていないという事もあるようです。
寒い地域なので暖房を一切使わないということは難しいことかもしれませんが、断熱気密がしっかりとした家を建て、少しでもエネルギーの使用量を減らすことができれば、外へ出て行ってしまうお金も減らすことができます。そして多くの人が暖かい家で健康に過ごすことができれば、国全体としてみたときに医療負担費も小さくなりますよね。
このように、近距離・中距離・長距離、すべての距離から幸せの輪を広げていく。「そんな素敵な家づくりがあるんだ」と多くの人に知ってもらえれば、私たちのような家づくりをしたいと思ってくれる方々も増え、その輪が広がっていくんじゃないかなと思っているんです。
私を含め、家づくり百貨の工務店さんの家づくりが日本全体に広がり、幸せの輪が大きくなってくれれば嬉しい限りですね。
日本全国に、良い住まいづくりを広めてゆく。
菊池:大変ありがたいことなのですが、私たちの家づくりは着工まで短くて2年弱、長くて3年ほどお客さまにお待ちいただいている状態。そんな中でも、「もう自分たちの家づくりは、8割終わっているようなものですよ」と仰ってくださったお客さまがいらっしゃいました。「菊池組に出会えたので、もういい家づくりができることは決まったようなものなんです」と。
お客さまにそのようなことを言っていただけるのは本当に嬉しいですし、同時に「しっかり頑張らなきゃな」と思わされます。
家づくりは「結婚」と似ています。大手ハウスメーカーさんやパワービルダーさんのような会社ではなく、この家づくり百貨に紹介されているような個人工務店と家づくりをするのは、結婚相手を選ぶのと近い感覚なのではないでしょうか。
ぜひ「どんなことに幸せを感じるか」「何が好きか」「どんな家族になりたいのか」を意識しながら、ご家族にぴったりのパートナー探しを行ってください。“ビビッ”とくるとか、そんな直感的なことも大切にしてほしいなと思っています。
そしてもう一つの願いとして、業界全体で私たち「家づくり百貨」に参加しているような工務店が増えてくれればなという想いがあります。人気の個人工務店は「地域をもっと良くしたいなら、会社を大きくして沢山いい家を建ててればいいのでは?」と思われがちなんです。
ですが私たちだけが頑張るのではなく、「いい家をつくりたい」「いい家がつくれるように学んでいきたい」、そんな輪が家づくり百貨から広がってくれれば嬉しいですね。私たちも常に高みを目指して努力し続けたいと思っています!
(2021/07/28 取材:平井玲奈 写真:家づくり百貨)