こんばんは
クオホーム本田です。
本日は午前中に現場確認。
午後からは土地の相談と
設計中の図面チェック。
夜は工務店仲間と
zoomで情報交換しています。
このメルマガ届いている頃は。
最近よく感じるのは
家づくりが少しだけ
難しくなりすぎている事。
性能の話。
耐震の話。
空調の話。
素材の話。
お金の話。
どれも大事です。
でも全部を正解にしようと
しすぎると、家が窮屈に
なってしまう事があります。
私は「つくり込まない家づくり」が
理想だと私は考えています。
これは手を抜くという意味
ではありません。
むしろ逆です。
必要なところはきっちり
考える。
でも暮らし方まで全部
決めつけない。
ここが大事。
例えば収納。
この棚にはこれを置く。
ここにはこれを入れる。
ここは何センチで仕切る。
もちろん便利です。
ただ、あまりにも細かく
決めすぎると、数年後に
暮らし方が変わった時に
使いにくくなる事があります。
子供の成長。
働き方の変化。
趣味の変化。
持ち物の変化。
家族の暮らしは変わります。
なのに家だけが
最初に決めた正解に
縛られている。
これは少し苦しい。
私自身、理系というより
文系寄りの人間です。
素は文系要素8:理系2の
人間です。
ただこれを仕事上で
6:4ぐらいになるように
知識を付けて膨らませています。
でも根っこは8:2。
設計条件の一文にも私の気持ちを
書いています。
「おおらかな気持ちで家づくりを
愉しめること」って。
尊敬してやまない伊礼さんの
設計に対するオーナー様との
付き合いを私の中で主としています。
「おおらかな気持ち」
って家を建てるオーナー様には
とても大切だと思います。
どこか不便さを残した
家づくりも考えておかないと
可変性がありませんし、ゆとりも
ありません。
掃除はしたくないけど、
床は無垢材。
便利な生活を望むが
壊れにくいように。
空調にはこだわりたいけど
コストはかけたくない。
・・・無理です。
家づくりは数字だけではなく、
そこでどう感じるか。
どう過ごしたくなるか。
その余白を大事にしています。
もちろん断熱や耐震は
感覚だけではダメです。
そこは数字で確認する。
計算する。根拠を持つ。
でも、その先の暮らしは
数字だけでは決まりません。
朝にどこで座るのか。
夕方にどこで本を読むのか。
人が来た時にどこに
腰掛けるのか。
そういう事は少し曖昧な
余白の中から生まれる事があります。
造作家具を入れすぎる。
壁を飾りすぎる。
照明を見せすぎる。
収納を細分化しすぎる。
機械もので便利にしすぎる。
これらは最初は良く見えるかもしれません。
でも長く住むと少し重たくなる事もある。
家は完成した瞬間が
ピークではありません。
住みながら育っていくものです。
椅子を一脚足す。
植物を置く。
季節でラグを変える。
棚の上に好きな物を置く。
そのくらいの余地がある方が暮らしは楽しい。
設計者が全部を決めすぎる
家ではなく、住む人が少しずつ
自分の場所にしていける家。
私はそっちがいいと思う。
ただし、勘違いしては
いけないのは、余白と雑は
まったく違うという事。
窓の位置。
天井の高さ。
光の入り方。
視線の抜け方。
外からの見え方。
ここは最初にかなり
考えておく必要があります。
ここを考えずに
「シンプルです」と言うのは
ただの手抜き。
余白のある家は
何もしていない家ではない。
見えないところで
かなり考えている家です。
だから難しい。
つくり込まないために
つくり込む。
そんな感覚です。
住宅展示場のように
最初から全部が完璧に
飾られた家を見ると
わかりやすく憧れます。
でも実際の暮らしは
もっと普通です。
洗濯物もある。
ランドセルもある。
郵便物もある。
買い置きの日用品もある。
生活感は必ず出ます。
それを全部消そうとするより
生活感が出ても嫌じゃない
素材や空間にしておく。
これが大切です。
無垢の床。
塗り壁。
木の家具。
低めの天井。
庭とのつながり。
こういうものは
暮らしの変化を受け止める
力があります。
家づくりは足し算ばかりで
考えない方がいい。
何を足すかより
何を足さずに済ませるか。
ここに予算の差も
暮らしやすさの差も出ます。
つくり込まない家は
未完成ではありません。
暮らしが入る余白を
残している家です。
そこを目指してみるのは
とても良い選択です。
ご参考に。
では、では。
続きを読むには会員登録が必要です。