短パン半そでの楽しい暮らしを実現するぜ!
【たぶん日刊】
いつもありがとうございます、夏見です。
本日もメルマガご愛読ありがとうございます!
子どもたちが休みに入って帰ってくる
今日が、いつもクリスマスだ。
いつからだろう。
年末の予定はばらけても、「当日は実家に集合」
という暗黙の約束だけは、
ほどけない糸みたいに毎年きちんと結ばれている。
玄関の外はうっすら白い。
寒さは確かにそこにあるのに、
ドアを開けた瞬間、空気が刺さらない。
二匹の猫は老猫の域に入ったはずなのに、
足音だけは相変わらず軽く、
誰が先に来客の匂いを嗅ぎつけるか
競争している。
昼過ぎ、
長男と長女が揃って帰ってきた。
イブはそれぞれの予定があるらしい。
ここ数年はそうだ。
緊張した一日を過ごして、
その翌日にふっと肩の力を
抜くみたいに、この家のドアを開ける。
「やっぱり、この家、何も感じないね?」
長女がブーツを脱ぎながら、
悪気なく言った。
一瞬、何のこと?となる。
「失礼なんじゃない?」と心の中で
つぶやいた、そのタイミングで、
夫が缶ビールを片手に顔を出した。
「なんがやねん?」
夫は少し眉をひそめる。
長女は肩をすくめる
ジェスチャーをして続けた。
「だって、
家の中がいつも同じなんだもん。
外が寒くても、帰った瞬間
“うわっ寒っ”
ってならない。賃貸のときはまず
ヒーターつけて、縮こまってさ……」
合いの手みたいに長男が笑って言う。
「家出るまで、これが
普通だと思ってたよ!」
夫は「昔はそうだったよな」と
言いながら、持っていたビールを
ぐいっと飲んだ。
外は白くなっているのに、
夫は短パン半そでだ。
それが一年中の部屋着で、
本人にとっては季節感より
機動力が大事らしい。
キッチンではチキンが
焼ける匂いがして、
カボチャのスープが静かに
湯気を立てている。
私は、鍋のふちについた
スープをおたまでそっと
すくいながら、
さっきの「何も感じない」の
意味を、ようやく飲み込んでいた。
“何も感じない”は、
欠けていることじゃない。
変わらない温度が、
変わらない安心になっている、
ということだ。
テーブルに料理が並ぶと、
猫たちは当然のように椅子の近くを
巡回し、目だけで
「今日は特別だよね?」と
圧をかけてくる。
笑っていると、二階から足音がして、
まだ家から通学している次男が起きてきた。
「何時まで寝てるねんw」
長男長女が次男向けて冷やかす声が、
ダイニングに落ちる。
その瞬間、長男が大げさに両手を広げた。
「いやー、この空間に住めるなんて
幸せだよねぇ」
長女も頷いて、
「ほんと、ここって
“寒さの記憶”がない」と言った。
次男はきょとんとして、首を傾げる。
「……そうなの? え、
ほんとに? そうなの?」
何度も聞く。生まれたときから
この家が“普通”の彼には、
比較の物差しがないのだ。
「じゃあ年明け、うち泊まりにおいでよ」
長女がにやっと笑う。
「うち、窓の近くが“ヒヤッ”って
するから、体験してもらおう」
「それ、修行じゃん」
長男が吹き出し、
次男は「修行って何」と言い、
夫は短パンのまま「修行なら俺も行く」と
意味不明な参戦宣言をする。
猫はその騒ぎの中心をすり抜けて、
いつの間にか一番あたたかい場所に
陣取っていた。
笑い転げた、今年のクリスマス。
その笑いが、音として壁に
染み込んでいくのがわかる気がした。
夜更け、子どもたちが
それぞれの部屋に引き上げ、
猫たちも丸くなり、
ダイニングが静かになった。
私は夫と、ワインを少しだけ
注いだグラスを合わせた。
「……十五年前、住まいを建てるって
決めたとき、まさかこんなふうに
なると思った?」
夫が、グラスの向こうで小さく笑う。
あの頃、私たちは“暖かい家”が
欲しいと言いながら、
本当は“暮らしを守る考え方”を
探していたのだと思う。
寒さに耐える工夫ではなく、
寒さを家に入れない工夫。
気合いではなく、仕組み。
勢いではなく、積み重ね。
勉強して、悩んで、決めて、
たどり着いた家。
だけど、いま
この静かなダイニングで思うのは、
家そのものよりも
ここで失くしちゃいけないものがある
ということだった。
「変わらないって、案外むずかしいよね」
私が言うと、夫は短く頷いた。
外は白い。
けれどこの家の中は、今日も同じ温度で
同じ静けさで、
明日もきっと同じように
迎えてくれる。子どもたちが
「何も感じない」と言ったのは、
たぶん最高の褒め言葉なのだ。
グラスの中で、ワインが小さく揺れた。
その揺れさえも、なぜだかあたたかく見えた。
では!また明日!
続きを読むには会員登録が必要です。